【ヨーガコラム】さて、そろそろ次なる目標を決めますか

ヨーガコラムは、一木ヨーガスタジオ代表の一木富佐栄が、ヨーガにまつわるあれこれを気ままに書いている読みものです

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夢をみました。
いつもは夢を見ても、ほとんど覚えてないのに、先日の夢は目覚めてもはっきり覚えていました。

私はまだ学生で(高校生ぐらい)クラスメイト達と修学旅行のような旅をしています。
決められた時間までに宿に戻らなきゃいけないけど、まるでアトラクションのように途中で川を泳いで渡ったり、藪の中を歩いたり…
夢だからもうひっちゃかめっちゃかです。
でもすごく楽しくて、いつも誰か友達が側にいて、道を教えてくれて一緒に歩いてます。
川の途中で逸れても、また別の友達が一緒に歩いてくれます。
最後、宿までの道を私の手を取って連れてってくれた友達に、
あのさぁ、とっても優しいねって言おうとして、
あのさぁ、の後の言葉を噛んでしまって、振り向いた友達に肝心の優しいね、が言えなくて…
そこで目が覚めました。

まだ夢うつつの中、
そうだ今度同窓会で会ったら、こんな夢を見たんだよって彼に言おう。
はっ!
そこでハッキリ目覚めた私は、
いやだぁ彼はもうずいぶん昔に亡くなってるよ。
中学2年生の一年間、一緒のクラスになっただけで、大学まで同じ学校に通ってたけど、その後ほとんど喋った事もなく(なんで夢に出てきてくれたんだろう)でも夢で会えてすごく懐かしくうれしく思いました。

夢を見るのも、それを覚えているのも苦手な私ですが、今回のようなストーリーなら、夢をみるのも楽しいです。

夢をみる、には別の意味もあります。
起きて見る夢です。
将来こんなふうになりたいとか、
こんな職業に就きたいとか。

その夢に期限をつけると目標になります。
いつまでに、と。

私は毎年、ヨーガでの一年間の目標を決めます。
いつもの自分のヨーガのプログラム以外に、
シンハ アーサナを1日150回やった年や、カパーラ バーティを1500回やった年、ほぼ毎日シルーシャ アーサナをやった年など…
とにかく決めた事を少なくとも一年ぐらいは続けてみます。
そうじゃないと、自分にどんな変化があったかわからないから続けてみます。

なので毎年12月中には来年一年間の目標を決めるのです。

みなさんもそろそろ来年のヨーガでの目標を決めてみませんか。
来年は毎日、これとあれとそしてこのアーサナをやる、と決めます。
それが腰痛、頭痛、肩コリ、便秘などを改善するための目標となるのです。

さらにその先には自分の想像の枠を超えた素晴らしい変化が待っています。

目標を持ってヨーガをやり体調改善が見られた体験談はこちらです。
一木ヨーガスタジオの体験レッスンはいつでも受付中(要予約)です。ぜひ一度ご体験ください。

【ヨーガコラム】また逢えますか?

ヨーガコラムは、一木ヨーガスタジオ代表の一木富佐栄が、ヨーガにまつわるあれこれを気ままに書いている読みものです

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先日、佐保田鶴治先生の御遺言という題名の付いた資料をいただきました。

佐保田鶴治先生は、大阪大学の名誉教授でインド哲学を教えてらっしゃいました。
のちにヨーガも教えられるようになり、私はこの先生に初めてヨーガを教わりました。

その資料には佐保田先生のお言葉として以下のように書かれてます。

みなさん、ヨーガをお続けなさい。
私のようになりますよ。
私は今とても幸せです。
大きな夕日がゆっくりと沈んでいくところです。
とても綺麗です。気持ちがええ…
私は後、3回生まれ変わります。
すべて、宗教関係に生まれます。
3回目はインドです。

こんなお話をされた翌月亡くなられました。
と書かれています。

私はこれを読んで、ほぉそうなんだ、と素直に受け入れる事ができました。
佐保田先生をご存知ないとなかなか不思議な話に聞こえますが、私は素直にもしかしたらまた会えるかもって思いました。

生まれ変わるのは宗教関係って書いてあるので、お寺とかに行って30才より若いようなご住職を見つけたら(佐保田先生が亡くなられて30年以上経つので)
そっと後ろから「佐保田先生」ってつぶやいてみる。
すると、静かに振り向き小さく会釈されたりして…なんて思うと輪廻転生、現世も捨てたもんじゃないって思います。

この年になると人を見送る事が多くなり、今年だけですでに3回葬儀に参列しました。

大好きな叔父と叔母が2月.6月と相次いて亡くなり、8月には友人のご主人さまが亡くなられました。

特に叔母の死がこたえました。

叔母は私の母の1番下の妹で、叔母が嫁ぐまで一緒に暮らしていました。
私は3人兄弟の末っ子で、大変わがままで人のいうことなんて聞かないし、とにかく当時家族の中で間違いなく厄介者でした。
そんな私に叔母はいつも優しく、食べた事もないような手作りの美味しいオヤツを食べさせてくれました。
チョコレートババロアって言うのよ、と教えてもらい何かあると作って作ってとせがんでました。

ある日、私が自分の部屋で寝ていると叔母が静かに入ってきました。
私は多分小学校低学年ぐらいで、叔母が結婚する直前だったと思います。

静かに入ってきましたが、その気配で目が覚め、それでもなんとなく寝ているふりをした方がいいように思い、目を閉じていると
「寝てる」と叔母はつぶやき
「かわいい」と言って私の額にキスをしてくれました。

わたしが、かわいい?
人生で生まれて初めて「かわいい」と言われ、そんないままで聞いた事もない形容詞にビックリ。
そしてそのあとおデコにチュッ。
もう嬉しくてドキドキして、静かに部屋を出て行く叔母の後ろ姿を薄眼を開けて見てました。

私の母は大正生まれで、母からキスなど一度もされた事もなかったので、その時の幸せなドキドキはいまでも覚えています。

叔母が嫁ぐと、その嫁ぎ先まで一人で電車に乗って泊まりにいきました。
叔母は当時小さな家に、旦那さまとお姑さんと小姑さんと同居だったのに、そんな事は一切お構いなしで遊びに行ってました。

それは私が結婚して子供ができても、こんどは私の家族3人で叔母の家に毎年お盆とお正月に泊まりに行く、というふうに続きました。

よく考えたら叔母にとってはいい加減迷惑な話ですが、
「いつでも、ふうちゃんが来たい時に来たらええよ」の言葉でひょいひょい行ってました。

そんな大好きで大切な叔母が6月に逝ってしまいました。

先日、9月も終わりだというのにずいぶん暑い日があって、冷たいお蕎麦が食べたくなり、駅ナカのお蕎麦やさんに一人で入っていきました。

駅ナカ蕎麦といっても立ち食いではなく、ちゃんとテーブルとイスがあります。
隣のテーブルのお二人が楽しそうに会話されてました。

「みんな元気よね?」
と70代ぐらいの女性が。
するとお向かいに座っている50代ぐらいの女性が
「うん、全員元気にしてるよ」
どうも叔母さんと姪っ子さんのようです。

「いつも何もできなくてね…」
「とんでもない、毎年送ってもらう叔母ちゃんのトウモロコシがほんと美味しくて、家族全員大喜びしてるよ。あれが一番。本当にありがとう」

なるほど、叔母さんは農家の方なのか。
そういえば日焼けされてるな。
そんなに美味しいトウモロコシ、私にも送ってよ〜と勝手に心の中でつぶやきなが、黙々とお蕎麦をすすってました。

話はかなり弾んでいて、だいたいの家族構成もわかり、私もそろそろ食べ終わりそうになっていても席を立とうとしないお二人。

私が入って来る前からいらっしゃるし、駅ナカ蕎麦にそんなに長居するのもいかがなものかと思っていたら、叔母ちゃんの方が
「そろそろ行こうかね」と。
「今日はウチの主人も遅いしまだいいんだけど…でもまぁ行こうか」

先に叔母ちゃんが立って、隣の空いてるイスに置いてあった大きな荷物を持とうとした時
「叔母ちゃん、ダメだよ。その荷物は私が持つ」
その言葉を聞いた瞬間、突然私の目から大粒の涙がボトボトと流れ落ちました。
駅ナカ蕎麦やで、一人で蕎麦食べて突然号泣し始める、ビックリです。

私がかつて叔母に
「叔母ちゃんの荷物、私が持つよ」って言った事を思い出したわけではなく、そんな事いつ言ったかも覚えてないけど、その言葉は何百回も言ってきたから突然涙が溢れたんだろうと思います。

佐保田先生がおっしゃった通り、叔母もまた生まれ変わって、もしかしたら偶然私とすれ違う事があるかもしれません。
でも、でも
「その荷物、私が持つよ」と言いえる事は二度とないです。
本当に残念でたまりません。

大切な方との別れを経てヨーガで心身を調えている体験談です。
一木ヨーガスタジオの体験レッスンはいつでも受付中(要予約)です。ぜひ一度ご体験ください。